人生とは、何が起こるかわからないものだと、スザクは人事のように考えていた。
いや、人事のように考えなければ、この状況に対応できないだけなのかもしれない。
イレギュラーには強いと自負しているのだが、このイレギュラーには流石に対応できなかった。
だって、対応のしようなんてないじゃないか!
見知らぬ皇族と、同じベッドで眠るなんて!
なんで同衾するように命令されるんだよ!
僕、名誉だよ!?ナンバーズだよ!?分かってるの!?
しかも相手は背後からこちらを抱き枕のように抱きしめ、その額を背中につけるようにしている。タヌキ寝入りをしているこちらに気づいているのかいないのか、その皇族はすやすやと気持ちの良さそうな寝息を立てていた。
ああ、何でこんなことになったのだろう。
思わず現実逃避をしながら、スザクはこうなった原因を思いだしていた。
今日は午後から非番だった。
理由は、皇族が特派を・・・正確にはランスロットの視察に来ることが決まったからだ。
デバイサーである以上立ちあうべきだが、ナンバーズだからと許されなかった。
皇族の身に何かあったら大変だということもあるが、何より誰にも乗りこなせないランスロットのパイロットにイレブンが選ばれ、しかもそれが世界で唯一の第七世代だというのだから、KMFに携わる者たちの嫉妬と妬みが入り混じり、安全面を考えてという名目でのパイロット不在の視察という結論に達したらしい。
ロイドとしては、ぜひとも動くランスロットを皇族に自慢したかったようだが、本国の軍部からそう命令されてしまっては渋々従うしかなかった。
その結果、午前中に出来る限りのテストを終わらせ、午後からはデバイサーであるスザクは休みという名の自室待機を命じられた。
非番になったのなら、最近の運動不足も兼ねて走り込みをしたかったのだが、それさえも許されなかったため、部屋の掃除やたまった洗濯物を片づけた後、ベッドに横になりった。先日のシンジュク事変の折に撃たれた脇腹の傷もまだ完治していないから、今日は寝ているようにセシルにも言われていたのだ。そして、1分もせずに深い眠りについた。
ノックもせずに入り込んできた者たちに起こされるまでは。
彼らは純血派の軍人で、全員スザクを見下すような視線と、怒りに満ちた表情で、一言も発することなく室内へとなだれ込んできた。
ベッドと衣類の入った収納、簡素なテーブルが設置されているだけの小さな部屋に、4人もの人間が入ってきたのだ。
それだけで部屋はぎゅうぎゅうで、スザクはベッドから降りる事も出来なかった。
最初は、彼らが性的な欲求を解消するために来たのかと、嫌な想像をした。
軍に所属する女性は少ないし、男女が共に行動することも少ない。
だから必然的に、男同士で・・・とはいえ、いくら欲求不満になってもそっち系の趣味はないスザクは、暇さえあれば運動をし、自分の体を鍛え続けた。
理由は簡単だ。
スザクは自分が童顔な事も、見た目が整っていることも、可愛らしい顔立ちだということも自覚していた。つまり、欲求の対象に見られている事を知っていた。
だから、わざと目の前で体を鍛えた。
なにせ、幼いころから大人顔負けの身体能力を持っていたスザクだ。成長してからもそれは変わらず、寧ろ体力自慢の男たちですら音をあげるような運動も、さくさくとこなせる様になっていた。
運動能力を見せつけるだけでは駄目な事は解りきっていたので、男たちがベンチプレス100kgに挑み続けているのを横目に、それを片手で持ちあげたりもした。
彼らは滑稽なほど目を見開き、茫然とした表情でスザクを見た。
男たちは一人ではスザクを押さえつけるのは無理だと悟る。
では複数人ならどうだろう?そんな思考に走り、それらしい行動を始めた頃、訓練場の隅に積み上げられた鉄の鎖を素手で引きちぎって見せた。すでに処分予定となっている、サビの浮いた鉄の鎖だから、遠慮無く何本か引きちぎる。
人数に物を言わせ押さえつけようと、拘束されようと、それを跳ね返せる程度の力はあるんだぞ?と、示したのだ。
ならば薬をと、僅かな給料を出し合って買ったのだろう差し入れを渡されたが、そんな怪しいものを口にするつもりはさらさらなく、笑顔で受け取った後は、いつも色目でスザクを見てきた屈強な体を持つ、名誉ブリタニア人の上司にそれを横流しした。
もちろん、誰から貰ったのかも明確に告げ、「頂いたものですが、自分より上官が口にされた方がいいと思いました」というような文句も付ける。それに喜んだ上官は差し入れを口にし、ぐっすり夢の中へ。その後のことなんて当然知らない。
おかげで軍に入ってかっらは、そういった行為と疎遠になったが、劣悪で不衛生、避妊具すら手に入らない環境で万が一にも関係など持ったら、おかしな病気を移されかねない。そういう事態となった場合、洗い流したくても入浴時間は決まっているから、翌日まで無理だろう。
考えただけで吐き気がする。
だから、自分にできる方法で、この身を守り続けた。
ならばブリタニア人の上司に狙われたらどうするのかといえば、狙われることがなかったから問題はなかった。
ブリタニア軍人は、「所詮捨て駒の黄色いサル。サルの顔など見たくもない」と公言するだけあって、イレブンの顔になど興味を示す者はなく、名誉は常にヘルメットとゴーグルの着用を義務付けられていた。
何より、不衛生な環境にいて定期健診すらされない名誉だから、病気を持っている危険性が高いため、対象にはしないのだ。
だが、今のスザクは違う。
特派に所属した時点であらゆる検査を行い、病気は無しと診断されている。
しかも見た目もいい。
だから、対象にされる可能性はあるのだ。
名誉同士ならどうにでも出来たが、相手がブリタニア人だと抵抗は不可能。
どうする、どうすればいいんだ。
背中に冷や汗を流しながら考えたが、最後に室内に入ってきたのが女性だったので、あれ?違うのか?と思わず目を瞬かせた。
「貴様が、枢木スザクか」
先頭を切って入ってきた金髪の男が、こちらを見下しながら口を開いた。
その声には怒りしか感じられない。
スザクはベッドの上で跪き、頭を下げた。
「イエス・マイロード」
「チッ、どうして殿下は・・・まあいい。これから殿下がこちらに来られる」
「・・・え?」
聞き間違いか?と、スザクは思わず素っ頓狂な声をあげ、顔をあげた。
だが、どう見ても軍人の顔は不本意だという感情丸出しで、本当に殿下が、今日視察に来た皇族が来るのだと嫌が負うにも解った。
「ランスロットのパイロットは、怪我の静養も兼ねて午後から自室で休んでいると聞いた殿下が、では会いに行くと申されてな。寝ているはずだとロイドが言ったのだが、ならば自分も少し休むと言いだされて・・・」
心底疲れた、困った、腹立たしい、心配だ。そんないろいろな感情がごちゃ混ぜ担った表情で、男はスザクを睨みつけていた。その間にも、残りの3人は女性を中心に部屋のチェックと清掃を始めている。
その後も愚痴と言ってもいいような説明を男・・・キューエルは続けた。
ルルーシュは美人だから狙われるだろうけど
スザクも可愛いから、男だらけな環境だと、やっぱり狙われるよね